

モノは言いようという言葉がありますが、子育てはまさにそれを実践する現場ですよね~。
小さな頃から、ミンミンには食べられない食物に対して、「嫌い」と言わせずに「まだ美味しさが分からない」と言うようにして来ました。「嫌い」や「ダメ」「~出来ない」という言葉は、口からこぼれ落ちた瞬間から、そちらのネガティブ方向に転がって行きそうなイメージがあるからです。ほんとは自分はどうなりたいか…を見失わずに、行きたい方向に伸びやかに進んで行けたら1番ですよね。
もともとミンミンは食べる事に対して、すごく興味がある子どもです。今の所、苦手な物は「ゴーヤ」「生姜」「しめじ」「シソ」位かな。牡蠣などもモリモリ食べますし、「まだちょっと分からないかも知れないよ~」と言っても「食べてみる!」と箸をのばします。結果食べられなくても「ほら、食べれないじゃん」と言わずに「そっか残念、まだ分からなかったか。美味しさが分かるようになったら一緒に食べよう。お母さんは○○が大好きなんだよ」と一緒に残念がっています。
子どもの頃、自分の事を大人達が話すのをすごくよく聞いていました(大人達は聞こえてないと思ってるんですよね)。「○○はまるっきり運動が出来ないのよ。私に似ちゃって鈍いんだわね」とか、「この子は小食で全然食べない」とか。日本人って謙遜の文化があるし、自分の子どもの事を人に話す時ってあからさまには褒めないですよね☆そうやって、周りが思う「自分」という物に段々はめこまれていく感じってあると思います。優等生は優等生で、大人の思う「いい子」にはめこまれていったり。だから、褒めるのも、その結果だけ見るんじゃなくて、プロセスを褒める事…そこをちゃんと見てたよって言ってあげるのって大切なんじゃないかなぁ。
ソウ君とケンカ(って言っても一方的にミンミンが怒ってる)になりそうになっても、「こらこら、ソウ君、お姉ちゃんの事好き過ぎ…くっつき過ぎだよ」と言うと、ちょっとミンミンは鼻の穴を膨らませて「そうだよ、ソウ君。お姉ちゃんこっちだったら貸してあげるの」と、取り合いをしていたモノは貸せなくても他の物を出してあげたり。まだまだ単純で笑えますが、引き離してミンミンだけ怒るより、危険を回避しつつもお互い「自分だけがソンしてる…」と思わない方法を取った方が後々が楽チンです。
同じ結果を導きたい時に、どんなルートを辿るのか…。例えば、朝幼稚園に行く為の準備をサッサと済ませたいとすると、どうしたらお互い怒らずにそこまで行けるかが考えどころだと思うんです。朝いつもより早めに起こす、前の夜のうちに出来る準備をさせる、などなど、幼稚園に行く時間を守らせつつ、笑顔もなくしたくないし、お互いに話し合ってストレスのない方法を見つけなくちゃ…ですよね。と言いつつも、「ねぇミンミン、お母さんは朝っぱらから怒らないで済むように随分頑張ったよ。それにしたってその態度は酷いと思うよ。そろそろお母さん怒るよ、多分めちゃくちゃ怖いよ~!」と超・怖い顔で怒り始めないと動けない日もあります。でもだからって、朝の用意の出来ない子って決めちゃいたくないですよね。決めたら最後、そうなって行くと思います!
結局親なんて1番身近な応援隊なんですよね。見守る事くらいしか出来る事がありません。どれだけ親身になって見守れるか、子どもの頃の自分に尋ねつつ、試行錯誤の日々は続きます。

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